運営 / 更新 2026-10-13
訪問介護の資格取得費用の返還特約(辞めたら返金)は可能か:労基法第16条
訪問介護事業所が、介護職員初任者研修や実務者研修の受講料を負担し、「取得後3年以内に辞めたら返してもらう」と決めたいことがあります。労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約をしたりすることを禁じています。厚生労働省の事業者向けQ&Aは、資格取得費用の返還を求める取り決めが、この禁止に当たる可能性があると答えており、このページはその判断の見方と事業所で確認する点を整理します。
この記事で決めること
訪問介護員の資格取得費用を負担し、一定期間内の退職で返還を求めたい事業所の経営者が、労働基準法第16条の禁止と、厚生労働省のQ&Aが示す貸借契約と認められる場合の観点、賃金からの控除との違いを確認するための考え方と確認順を整理します。
読み終えたら、資格取得費用の負担ルール確認票(対象の資格、受講の経緯、負担の形、返済方法と免除の条件、専門家への確認欄)を作成できる状態を目指します。
労働基準法第16条が禁じているのは、辞めたときの金額をあらかじめ決めること
労働基準法第16条は、使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない、と定めています。「3年以内に辞めたら受講料20万円を払う」のように、辞めたときに払う金額をあらかじめ決める取り決めは、この条文に当たるかが問題になります。
厚生労働省の事業者向けQ&A(スタートアップ労働条件)は、資格取得のために会社が講習費用を負担し、資格取得後3年以内に自主退職する場合に受講費用を返還させたい、という質問を取り上げています。回答は、資格取得費用を会社が負担するが、一定期間勤めず辞めた場合にその費用を控除するという場合には、労働契約の不履行についての損害賠償予定の禁止(労働基準法第16条)に当たる可能性がある、というものです。
「貸借契約」と認められるかは、事実を総合して判断される
同じQ&Aは、例外も示しています。費用の援助が純然たる貸借契約として定められ、単に一定の期間労働した場合は返還義務を免除することが定められているものと認められる場合は、労働基準法第16条の違反にはなりません。
ただし、これに当たるかどうかは、結局は事実認定の問題で何とも言えない、とも書かれています。判断は、資格取得が業務命令によるものか、事業の必要経費ではないか、消費貸借であるか、返済方法を定めているか、といった観点から、労働契約の継続を不当に強要するものであるかどうかを総合的に検討して行うとされています。次の表は、この観点を、事業所が受講の前に確かめる項目に置き換えたものです(書面を整えただけで貸借と認められるとは限らず、実態で判断されます)。
| Q&Aが挙げる観点 | 事業所で確かめること(例) | 受講の前に残すもの(例) |
|---|---|---|
| 資格取得が業務命令によるものか | 事業所が受講を命じたのか、職員が自分の希望で受けるのか | 受講を命じた文書、または本人の希望を確認した記録 |
| 事業の必要経費ではないか | Q&Aは必要経費の基準を示していない。例として、その資格が事業所の人員配置や加算の要件に必要かどうか | 費用の負担を決めた理由のメモ |
| 消費貸借であるか | 費用を貸したことになっているか。会社が負担して辞めたら控除する形か、貸して返してもらう形かで、扱いが変わる | 金銭消費貸借契約書、または貸与の取り決め書 |
| 返済方法を定めているか | 返済の期間、1回あたりの額、返済の方法。一定期間働いた場合に返済を免除する条件を書いているか | 返済計画と免除の条件を書いた書面 |
賃金から差し引く方法は、賃金の全額払いの決まりも確認する
返還を求めるときに、最後の給与から差し引こうとする事業所があります。労働基準法第24条は、賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定めています。例外として、法令に別段の定めがある場合、または過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)との書面による協定がある場合に、賃金の一部を控除して支払えるとされています。
Q&Aの回答1も、会社が費用を負担して一定期間勤めず辞めた場合に費用を「控除する」形を取り上げ、損害賠償予定の禁止に当たる可能性があると答えています。賃金の全額払いについてはQ&Aに書かれていないため、第24条との関係は、このページの整理です。書面協定があっても第16条の問題がなくなるとは限らないので、事業所が独自に差し引きの可否を判断せず、社会保険労務士や労働基準監督署の総合労働相談コーナーに、契約書の案を持って相談してください。
返還の取り決めに頼らない選び方もある
Q&Aは、社員の育成に前向きに投資する会社の姿勢は社員のエンゲージメントを高め、結果として定着率の向上にもつながるという観点から、経営戦略として返還義務にこだわらない積極的な資格取得策も一考の価値があるかもしれない、と述べています。返還の取り決めを置かない運用も、選択肢の一つです。
資格取得の支援は、処遇改善加算のキャリアパス要件の研修にも関わります。要件の中身は処遇改善加算のキャリアパス要件Ⅰ〜Ⅳで、資格ごとの従事できる範囲は訪問介護員の資格と従事範囲で確認し、採用から研修、定着までの計画は採用・研修・定着計画に合わせて立てます。
このページの範囲と、専門家へ確認すること
このページが確認したのは、労働基準法第16条と第24条の条文、厚生労働省の事業者向けQ&Aの回答です。特定の契約書の文面が労働基準法第16条に違反するか、返還を求められる額がいくらかといった個別の判断は、事実認定が必要なので行いません。
返還の取り決めを導入する前に、契約書の案を社会保険労務士に確認してもらい、迷うときは労働基準監督署の総合労働相談コーナーに相談してください。職員が辞めるときの手続きは訪問介護員の退職時手続きで確認できます。
実行チェックリスト
次の順に確認します。未確認の項目は推測で埋めず、担当と確認期限を残してください。
- 費用を負担する資格を決め、その受講を事業所が命じるのか、職員の希望で受けるのかを分けて書く。その資格が人員配置や加算の要件に必要かどうかも、理由とあわせて確認票に残す
- 費用の負担を、返還を求めない形にするか、貸与として返してもらう形にするかを選ぶ。貸与にするときは、貸す金額、返済の期間と1回あたりの額、返済の方法、一定期間働いた場合に返済を免除する条件を、書面の案に書く
- 「辞めたら一定額を払う」という金額の定めや、最後の給与からの差し引きを前提にした書き方になっていないかを確かめる。賃金からの差し引きは別の決まり(賃金の全額払い)にも関わるので、案の段階で専門家に見てもらう
- 契約書の案と確認票を持って、社会保険労務士または労働基準監督署の総合労働相談コーナーに相談する。結果と日付を確認票に残し、受講を始める前に職員へ説明して書面を渡す
一次資料
個別地域の運用は指定権者で確認してください。
- 厚生労働省(スタートアップ労働条件・事業者のためのQ&A)「資格取得のための講習費用を会社が負担し、資格取得後3年以内に自主退職する場合に返還させることの可否(Q&A その他 Q7)」(確認日 2026-10-13)
- デジタル庁(e-Gov法令検索)「労働基準法 第16条・第24条」(確認日 2026-10-13)